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おいらは元気なのかな


takemin_302 のコピー



ホント久々更新ですな
ちょいと前に兄と義父が亡くなりました、色々やってぼーっとして、気がついたらもう49日法要も済んでましたか。
なんか、変な事をごちゃごちゃと考えてたらそんなに経ってたんですな、あっという間で長かった2ヶ月でした。
ネット関係のほとんどの人には言ってなかったんですけどね。
いやまホントになんでかわからんくらい参ってました。まあ会社には行かねばならんしそこらへんはがんばってましたが。
変な頭痛とか夜中に呼吸困難で何度も起きたり、やべえ、寝たら死ぬ、とか怖くなって眠れなかったり、眠いのに眠れなかったり。
そこに来て、ふと思い浮かぶとへちゃっとなったり。
もうおいらは死ねない、でも死んじゃうかもしれないなとか、いやー、どんだけ気楽に生きてたんだろうねと今更怖くなったりで。
義父は肝臓ガンです。肺がん、心筋梗塞、脳梗塞、大腸がん、糖尿、あとなんだっけ?なくらい死線を越えてきて
ついに力尽きた感じで。経過を見ていたのでなんとなく覚悟はあったんですが兄は本当に急だったんでちょいとショックがでかかった。
でもまー、いつまでもへこんでても意味が無いのでとりあえずまた生きてみようかとダメな感じのブログを続けます、はい。
とりあえず明日から。




こっからは愚痴みたいなものです、鬱です、王様の耳はロバの耳です。読むと暗くなるんで注意。でも吐いときたかったので。
すこしすっきりするんで。



夜中の4時、兄の嫁からの電話でした。
自分で救急車を呼んでくれと言うと倒れたとのこと。
数十分後、特に緊張も無く運ばれるという病院に駆けつけます。そのときには死ぬようなもんでもないだろ的雰囲気でした。
若造だし、そんなもんでしょう。
救急車より先に病院についていたおいらたちの前に兄が運ばれてきました。
酸素呼吸器を口に突っ込まれ苦痛に顔を歪めた兄、「誰?」と思うくらい苦しそうな表情でした。
少しの検査の後医者が親族を集めて説明することになりました。

「脳の血管が切れてその血が脳を圧迫しています。そのため脳が腫れて自分で自分を壊している状態です。」
「すぐに手術をすれば助かる可能性はあります。しなければ死にます。検査もしないで開頭するのでなにが起こるかわかりません
成功しても脳細胞の破壊は進んでいるので麻痺は残ります。」
医者の言葉は予想外に厳しいものでした。成功しても元には戻らない。今頃知りましたが脳は壊れても修復はされない器官なのでした。
手術は数時間に及び、終わって兄が運ばれてきたのはお昼近くのことでした。

「脳の腫れが引きません、もう、脳が自力で戻るのを待つしかありません。」
その言葉を聞くと集まっていた人達は涙しました。医者の言葉は絶望的という意味を感じさせる雰囲気がありました。

3日後兄は死にました。

脳細胞が徐々に壊れ体温を制御できなくなっていき、最後は心臓を動かすことができなくなったとのことでした。
あしかけ4日、短くて長い4日でした。
脳の血管が1つ切れた、それだけのことで人は死ぬんだなとあらためて知りました。
4日の間周りからは、双子だからお前も脳の血管がどうとか、双子だからなにかなかったのかとか言われたり。
双子だからって特別なにかなんてそうそう無いでしょと言いつつも都合のいい奇跡が起こらないのかと思ってしまったり。
なんども語りかけました、言葉はしゃべれなくてもテレパシーでもいい、なんでもいいから伝えて来い。
手を握ってもツネっても顔をなでてもひっぱたいても足をくすぐっても
機械によってやっと呼吸している兄からはなにも帰ってきませんでした。
多分兄は色々発信していたんだと思います、でも受信できなかったですよ。双子なのに。

双子だからと思わされたことは有りました。一方的な気持ちですが。
気が付いたときから傍らにいつも居る存在。同じように大きくなって同じように遊んで同じように学校に行って。
一番近くに居てその成長をお互いずっと見てきた存在なんですよね。学年も背格好も同じようなので
自分を相手に投影して自分の成長を見て取れるような存在。
今、死んでいくのはもう一人の自分なんだなと重ねていました。
うちはじいちゃんが30前半、とーちゃんが40なかばで死んでるので代々短命なんだよとか。ハードワークが続くのを心配してくれる人に
おいらは40で老衰で死ぬからとか。自分がそんな冗談交じりなことを言ってたのを思い出してました。
それでもとーちゃんの年までは二人とも当たり前のように生きられるんだろうと思ってました。まさか生きられんとは。
奇しくも兄の子供はおいら達のとーちゃんが死んだ時と同い年。そして兄は自分の誕生日が葬式になるとは。
双子なおいらはこれから誕生日が来るたびめでたいというより寂しい気持ちになるんでしょう。
昔から運の悪い人でした、一緒にプールに行けば転んで頭縫う怪我したり、新入社員研修の日に高熱出したり、家族旅行でも高熱だしたり。
おいらと鬼姉の強運のとばっちりをひとりで受けてるかのような        色々とごめん。
死んでから、通夜から、告別式から ずっと兄に謝りっぱなしなおいらでした。何に対してではなく何故かそんな気持ちだったので。
そんな人の集まる場所では色んな人がいろんな事を代弁してくれるわけですよ「  だと思ってるだろうよ」
大抵が場を和ますような満足系なんですがそうじゃない、そのたびそうじゃないってずっと心の中で思ってました。
「悔しい」 しかないでしょう。週末は子供がサッカーの試合でその審判やらなきゃだし、仕事だって内緒のことだって多分途中なんですよ
子供だってこれから思春期で面白そうだし面白そうなことまだまだてんこ盛りなのに素直に旅立てるわけ無いじゃないですか。
そんなことばっか考えてたら、なんだかわからんけど夜寝てる時に呼吸困難でやばいことになって眠るのが怖くなったり。
心臓が痛かったり、後頭部がきゅーっとなってめまいがしたり酒に弱くなったり(これが一番不思議)そんな日がつづきました。
でも、そんなのが続いた3週間目くらいに夢をみました。なんだったんだろう。体が自衛のために見させたのか本物がきたのかわからんけど
兄がでてきました。
車を運転するおいら、助手席に居る無言の兄、兄が死んでるのを知ってるのですこしの恐怖を感じながらあてどなく車を走らせていました。
勇気をだして話しかけようとするとシーンが変わり河原に立っていました。兄はおいらの肩を握って、少し微笑むと周りが真白になりました
次の瞬間には兄の姿も気配も消えていてその後すぐ起きたおいらの胸が軽くなってました、すーっと。
なんか本当にさよならを言われた感じがして気がつくと涙をながしていてました。

兄の死で一番変わったことといえば自分の死の重さと近さです。
自分が死んでも兄が居てくれる、あとはなんとかしてくれるかなという、どんな保険よりも強い保険がなくなってしまったこと。
逆に兄がなくなった今、その嫁と子供には双子の弟としてのなにかをせねばならない、とか。
脳の血管が一本切れただけで生が死に変わって周りにどれだけの影響を与えるのか。
言い方は悪いですがものすごくリアルなシミュレーションを体験してしまったので。

兄がたおれた前日に95歳になるばーちゃんが入院しました、心臓が少し悪くなってるみたいです。
ばーちゃんはどっちかというとおいらのほうが好きなのですが兄が倒れたとき、入院しているときにかぎりあいつは元気か
とか兄のことばかり聞いてくるのでみんながものすごく不思議がりました。数日して退院しているんですが
退院後は一切気にしてないのですよ。ばーちゃんには兄のことは一切秘密です。
ばーちゃんは割りと人生に悔無し系みたいで入院中に
「あたしゃ、すごく幸せな人生だったよ、もういつお迎えが来てもいい」と何度も何度もいうわけです。
兄は幸せだったんだろうか?とか、人はどう生きたら満足するんだろうかとまた変な方向に落ち込みます
でも、突然の事故で身内を失ってしまう人、遺体確認さえもできない人から見れば今のおいらはまだ少しは幸せなのかなと
いや、それは無いですな、身内が無くなるのに幸せもなにも無いもんですな。
人は死んじゃうもんです、今日会った人が明日には居ないかもしれない。
TVのニュース見てるだけでも毎日事故や病気で死んでいく人が居て悲しむ人はかならずどこかに居るし。
逆に明日自分が悲しませる立場になっていないとは限らない。
そんなこと考えてたらどんどん鬱になっていくし何も出来なくなってしまいますな、いや実感。
それでも生きていかねば、生きている人のためにも死んじゃったひとのためにも色々がんばらねばなのですな。

そんなこんなでしばらくネットもちょぼちょぼでしたがまあ段々と
とりあえず前に 前に 明日からは普通に

風邪じゃあ

kuma2.jpg
shyo.jpg
トラウマになりそうな全身血のくまたんとなんかへんななまもの

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